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『書物の迷宮』予告篇

思い出したように本を読み、本の読み方を思い出す

『スカイ・クロラ』

映像

東京から戻る前に『スカイ・クロラ』観た。ちなみに森博嗣による原作は大学生のころに読んでいる。
押井守監督の映画としては、かなり普通に映画していた。この辺は脚本の人によるのかもしれないが、『イノセンス』に見られたような引用などの長広舌、あるいはタルコフスキー風な間奏部などは特になし。
攻殻機動隊』や『イノセンス』のストーリーのテンポは、どこかタルコフスキー監督作品を思わせるものがあったけれど、今回は少し昔のヨーロッパ映画的な、ちょっと違うけどヴィスコンティとかあの辺の時代的なテンポで話が展開していた。


冒頭、物語世界における唯一の「大人」であり、対戦側のエース「ティーチャ」が散香を撃墜するシーンがあるのだが、そのシーンで脱出するパイロットが機銃で四散するシーンがある。
また、多数の航空機が入り乱れる乱戦*1、戦闘終了時に主人公たちが互いに機体を寄せ合って、互いを確認するシーン。姿を見せず、呼びかけに応えない仲間。
主人公が特にそうなのだが、基本的に死や闘争、そういう状況に対して酷く無関心なのだが、それにも関わらず各シーンにおいて、人は確かに死んでいる感じがした。
よくある航空機が撃墜される映画では、機械が壊れて(明示的に)登場人物が退場する状況をもって、死とすることが多いと感じるのだが、この映画では肉塊として人間が死に、また暗示的に退場することをもって死ぬ*2
個人的には観ていて、そういう死の扱い方が気になった。


また、この映画はかなりよく森博嗣の原作を反映していると思う。
が、割と原作が好きだった人が駄目だ、と言っているのを目にするような気がする。
たぶんそれは、一緒に観に行った人が言っていた「気持ち悪い脚本を元に、ちゃんと気持ち悪く映画にした」という辺りが関係していそうな気がする。
要するに、森博嗣の文体は明らかに生っぽさを排除したものなのだが、映画ではその生っぽさが所々顔を出しており、原作では分かりずらかったグロテスクな面が顔を出しているのでは、ということ。


最後のシーンで、主人公が実際に言った英語と字幕が異なっていて、英語の方で考えると、また別な面が顔を出して面白い。神話的に捉えられるというか。
それと、スタッフロール後にいろいろあるのちゃんと最後まで見ないと駄目ですよ。

*1:映像的には最大の魅せ場

*2:情報を発信したり応答を返したりする存在の消滅?