『書物の迷宮』予告篇

思い出したように本を読み、本の読み方を思い出す

ジャック・ヴァンス『奇跡なす者たち』

「黄色! それだけは、いかなる陶匠もいまだ創りだすことの出来ぬ幻の色。鉄はくすんだ飴色しか呈さず、銀は灰黄色に濁り、アンチモンは〈窯焼山〉の高熱に耐えきれぬ。醇乎として醇なる黄色、日輪の黄色――おお、それこそは、われらが求めてやまぬ夢の色……」

ジャック・ヴァンス「フィルスクの陶匠」

 河出文庫の『20世紀SF〈3〉1960年代・砂の檻』に収録されていた「月の蛾」が特に気に入ったことから『奇跡なす者たち』を買ったのだが、こちらも随分長く積んでしまった……。ちなみに「月の蛾」は『奇跡なす者たち』にも収録されている。

収録作の中で特に気に入ったのは「フィルスクの陶匠」、「奇跡なす者たち」、そしてやはり「月の蛾」。

「フィルスクの陶匠」はある惑星で手に入れたという見事な黄色の大鉢についての由来の語りから始まる。本書の一番最初に収録されている短編だが、ジャック・ヴァンスの良さがよくわかるので、店頭で手にとってこの短編で肌に合うかどうかためしてみるのも良さそう。

「奇跡なす者たち」は惑星間航行するほどの文明を持っていたが、その技術を失い、地上で剣と魔術でもって相争う人間、そして彼らに追いやられた先住生物の話。おなじく収録されている「最後の城」などもそうなのだけれど、高度に発達した文明というものが滑稽なくらいに衰退しているという状況がよくジャック・ヴァンスでは出てくる。

「奇跡なす者たち」でも剣と魔術以外にもそういった文明の残り香が登場するが、それらはすでにメンテナンスするための正しい知識もなく、その道具でもって可能な正しい挙動も理解されていない姿が描かれている。

「月の蛾」は舞台設定がとても楽しい。惑星シレーヌは工芸・音楽・詩などといった文化が高度に発達しているが、人々は極端に個人主義的でまた誇り高くて気難しい。そのうえ彼らとコミュニケーションするには素顔を様々な象徴的な役柄の仮面で隠し、そして多数の楽器と複雑な音階でもって韻律豊かに詠わねばならないのだ。

この難儀な惑星で主人公の惑星の習俗にも慣れず、楽器も使いこなせていない官史が右往左往しながら犯罪者を追う。相手はこの惑星の習俗に慣れており、しかも人々はみな仮面で顔を隠している……。

「月の蛾」もそうだったのだが、『奇跡なす者たち』に収録される短編を読んでいると、ジャック・ヴァンスという作家は「異なる文化」の取り扱いが巧みなかんじをうける。異星SFやファンタジーSFなどの形を取っているが、そこでぶつかり合う「異なる文化」の仕掛けがとてもうまく働いていて、そこが魅力になっていると思う。

 

奇跡なす者たち (未来の文学)

奇跡なす者たち (未来の文学)