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『書物の迷宮』予告篇

思い出したように本を読み、本の読み方を思い出す

『20世紀SF 5 1980年代 「冬のマーケット」』

書籍

20世紀SF〈5〉1980年代―冬のマーケット (河出文庫)

20世紀SF〈5〉1980年代―冬のマーケット (河出文庫)

河出文庫から出ている『20世紀SF』の5巻。80年代のサイバーパンクがメイン。
特に対比が面白かった2作品に関して。

ウィリアム・ギブソン『冬のマーケット』

ネットに融合した女性の話、的な。より正確には、自分の身体から脱出して、かな。
読んですぐ、攻殻機動隊を連想した。特に山田正紀による『イノセンス』のノベライズ。この辺とかそれっぽい。

(前略)つまり彼女が、本当に超えたこと、わがハイテクの聖ジャンヌ・ダルクが、あのハリウッドの結線された神との合一のために、我が身を焼き焦がしていること。(以下略)

ギブソンのその他の作品は、『ニューロマンサー』ぐらいしか読んでいないのだけれど、この作者の科学技術に関する感覚は、後述するオースン・スコット・カードとは大きく違う気がする。
ギブソンの小説には冒険小説的なところがあって、多分その舞台は科学技術なんだと思う。
様々なドラマ展開があっても、ギブソンの小説はどこか技術に対して楽観的な感じがする。悲劇などが舞台上で展開されても、そこに絡む技術そのものについては疑問が投じられたりしないというか。
というか、既に成立した未来の技術として描かれるから、当然なのかも。

オースン・スコット・カード『肥育園』

作者の説明に「特にモラル観についてサイバーパンクを批判、議論を呼んだ」とあるけど、この短編集の中では異色の作家に見える。この作家は、技術に対して禁欲的な態度を持っている、というか。
ギブソンなどは技術の使用に対して肯定的、精々が中立的だけど、この『肥育園』は批判的な色合いが濃い。
可能であることを行使する、ということが罪であり、そしてそれには罰がついて回る、という筋だからかもしれないけど。
自分の愚かさを繰り返し思い知らされるというのは、拷問だなぁ……。


その他の作家についても、いくつか短く。

ブルース・スターリング『美と崇高』

この作品だけでは、スターリングがどういう作家かよく分からなかった。
他の作品を読んでみたいところ。ギブソンとの共著でスチームパンクものだという、『ディファレンス・エンジン』を読んでみたい。

ルーディー・ラッカー『宇宙の恍惚』

初の宇宙空間ポルノの撮影に行く話。オチが良い。
会話文の中で出てくる「サイバースラング」がちょっと時代を感じてしまう気がしないでもないけど……。

グレッグ・ペア『姉妹たち』

デザイナーズ・チルドレンが一般化した時代の話。話の筋は教養小説
話の展開が素直でいい感じ。他の作品も読んでみたい。

『ほうれん草の最期』

「ユーザ名とパスワードはユニークな物を使いましょう!」と言う話。
クラッカーの登場する小説はギブソン『クローム襲撃』が最初らしいけど、ある意味これもクラッカーもの?
というか、ここまで規模が大きくないにしても、似たような事例ってけっこうありそうな気がする。