『書物の迷宮』予告篇

思い出したように本を読み、本の読み方を思い出す

デッサン=5つのC

中里一日記: 評価基準を評価する
上記を見ていて思ったりしたこと。
あと先日のキム・ヒョンテとか。

このようなことを意識化させる目的で、デッサンを導入する。コンピュータ上であれ、通常の鉛筆などを使ってアナログ的に描くにせよ、造形の基本的な部分を意識することになる。これを5つのCにまとめると

  • 構想(Conception)、思いついたものの大まかな提示
  • 構成(Construction)、実物または基本知識を基にフォルムを確定する試み
  • 輪郭(Contour)、空間のなかで視点によって変わるフォルムの境界
  • 個性(Character)、描く(造形する)対象の個々の特徴
  • 一貫性(Consitency)、構成・明暗・パターンの本質的要素を有機的に1つにまとめるもの

このような部分に焦点を当てると、デッサンそのものはやはり一つのデザイン活動を行なっていると考えることができる。SFCにデッサンの基礎をやる科目がなぜないのか知らないが、注意して欲しいのは、ここで試みるのは、あくまでもデッサンの初歩の初歩で、造形のための意識化であり、就職などに通用するもの(デザイン系の会社に就職面接のときに持っていくデッサン)ではないということだ。まずは、いちばん使いやすいツールである鉛筆と紙を使ってデッサンの初歩を学んでいく。
(PDF)

「5つのC」というのが「デッサンとは何物か」の答えな気がする。
「デッサン厨」と呼ばれる人は、「構成(Construction)、実物または基本知識を基にフォルムを確定する試み」を「実物または基礎知識に忠実なフォルムを確定する」と誤読している人かもしれない。
そう言う人は、構想の面白さ及び一貫性の有無を問題にするべきなのかも。
「○○することによる効果、その面白さがわからない」「こことここに一貫性がないので違和感が」とか。
この点で言うと、先日のキム・ヒョンテのデッサンの件は「デッサンは狂っていない」ということにしても良さげ。


「デッサンそのものがやはり一つのデザイン活動」というところから、ちょっと思いつき。
昔、友人に絵の描き方を教わろうとしたときに「リアルな絵/デフォルメの効いた絵どちらが描きたいか」を聞かれたのですが、これらは「どちらか片方を極めてから、もう片方を極めることは可能」でも、「両方を同時に極めるのは難しい」らしいです。
多分これは、「デッサンそのものはやはり一つのデザイン活動」であると考えると、「リアルな絵/デフォルメ絵」ではデザインパターンが大きく違うということかな、と。
よって、デフォルメ絵に関しては、リアルな絵と全く同じようにデッサンを問題にすることは出来ないかもしれない。
「浮世絵のデッサンがどう論じられているか」などを調べるとデフォルメ絵の論じ方が分かりそうな気がしないでもない。


そう言えば、欧米の人は3頭身や6頭身に違和感を感じるらしい。
なんかこの辺にリアル絵/デフォルメ絵のデザインパターン的なものがあったりなかったりしないかな……。
本人の持っているデザインパターンのみで論じている人も、デッサン厨かも。
まぁ、デザインパターンと言う言葉の定義が曖昧なんだけど。デザイン上の定石(「構成主義的」とかそんな感じ)?


自分のデータベースにないものに触れたときの違和感は、どこに違和感を覚えているのかを具体化するのが良さげ。
デッサンと言う言葉だけで説明するのは、抽象的過ぎるやも。